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2013年3月

2013年3月 7日 (木)

大盛況!被災地に学ぶ講座第2弾「東日本大震災における被災地と要援護被災者の現実とこれからの展望」

2013年3月2日(土)、午後6時から開催しました、被災地に学ぶ講座第2弾に、約60人の方が参加してくださいました。

Img_0006_4コーディネーターの大薗拓郎さんの進行で講座は進みます。講師の菊池正明さん(NPO法人奏海の杜理事長)からは、CILたすけっとで活動中に被災し、その時にどのような行動をとられ、その後、活動はどのように変化していったのか、具体的にお話しいただきました。

まず、情報・食糧・公的支援を求めて避難所へ行かれたそうですが、人があふれ、車いすでは身動きがとれず、トイレは和式で水も止まっているため、あふれかえっており、混乱状態の中では情報もはいってこない、という状況だったそうです。結局事務所に戻られてそこを避難所がわりに使われ、まさに最初は「自助」であったようです。

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次第に救援物資が届くようになり、大阪の「ゆめ風基金」の支援を得て、被災した障がい者へ必要な物を届けるための事務局を担われます。食料品に加え衛生用品(おむつ、尿取りパッド等)や医療品(カテーテル、ストマ等)のニーズも高く、これらは使う人によってサイズや形がさまざまで、求める人に適当な物資を届けるのが大変難しかったそうです。

太齋京子さん(NPO法人奏海の杜事務局長)は、南三陸町で被災されました。南三陸町は大津波に襲われ、ひとやまちがたくさん波にさらわれてしまったところです。被災直後は、本当になにもなく、自助もさることながら「近助」、もともと近所づきあいの多く残る土地柄で、地域の中で津波の被害を免れた人が、食料等を提供し、それを分け合っての生活だったそうです。

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また、直後にはどこをどうやってきたのか、陸上自衛隊の方々がバイクで来られ、ヘリポートを作って、すぐに物資等の支援がはじまったことが心強かったこと、次第に外部からボランティアの人たちが来てくれるようになり、頑張っているけれども心身ともに疲れてもいる被災地の人たちにとっては、とても元気がもらえたことなどを例に、近助を超えたつながりの大切さをお話し下さいました。

お二人が暮らし活動されている地域は、「困っている」ということを家の外に出さない気質の人が多いそうですが、この震災をきかっけに、「困っている」ことを発信する人が少しずつ増え、そのニーズに応えながら活動を展開するうちに、その困りごとが地域の中で見えるようになり、それを助けようとする人も出てきているそうです。新たな地域づくりの始まりですね。

また、震災は決して他人事ではなく、誰の身にも今、まさに起こるかもしれないことであり、先人の教えに学び、日ごろの備えをしておくことは非常に重要だと話されました。トイレが使えない、電話も使えない、電気も使えない(透析、人工呼吸器等も使えない)など、具体的にイメージして考えなければなりません。

生野区では、災害時における要援護者支援「きずなネImg_0423ット」の構築が始まります。災害時における要援護者支援のため、区が区内社会福祉施設と災害時協定を締結し、各施設をつなぐ通信手段(無線機)を構築する事業です。あわせて医療品、医薬品などの確保とそれを必要な人に的確に届けるための手段についても検討が必要かもしれません。

最後に、お二人からのメッセージです。「被災地の人は疲れているので、外の人から元気とパワーをもらいたい。百聞は一見に如かず、ぜひ、南三陸にいらっしゃってください。」

つなぐ通信vol.15→vol.15.pdfをダウンロード